政治とは何か(政治学の定義・特性・役割から)

政治とは何か?という問いへの答えは様々ありますが、学術的には、日本学術会議 政治学委員会 政治学分野の参照基準検討分科会がまとめた「大学教育の分野別質保証のための教育課程編成上の参照基準 政治学分野」に、政治学の定義や政治学固有の視点というカタチでまとめられています。

少し堅い内容ですが、参考になるので、一部抜粋します。(太字や下線は私が付けてます。)

政治学の定義

 政治学は政治現象を認識する学問分野である。

 政治現象とは、人間集団がその存続・運営のために、集団全体に関わることについて決定し、決定事項を実施する活動を指す。

 (中略)

 このような前提は、近代政治学の端緒としての社会契約論でも鮮明である。個々人がその自由の上に、共同の秩序を人為的に選び取ることで、初めて政治共同体が成立すると考える社会契約論は、政治の目的が常に個人の自由や安全と照らして検証されることを保障した。古代ギリシアの政治共同体が、個々人に先立つ所与とされたのに対し、近代の社会契約論は、政治的秩序の人為性を強調することによって、政治の目的を個々人の人権の実現に求めることに成功したのである。

 また、近代政治学のもう一つの重要な前提である主権概念、すなわち権力中心の想定は、当初は王権と結びつけられたが、市民革命を経て人民主権概念に受け継がれ、政治は主権者の意思にもとづくべきという民主政治の枠組みを確立させた

 民主政治は、民意を代表する立法権力を中心として構想される。しかしながら、こうした構想は18世紀に早くも、市場経済の発達、つまり経済的な領域の拡大によって挑戦を受ける。政治と経済が癒着し、公私二元論が相対化されて行くのである。さらに、社会の成熟に伴って、総論的な政策作成に関わる立法権力よりも、政策実施の各論に関わる行政権力の強大化が生じる。それに加えて、主権国家を超えた秩序の確立、すなわちグローバル化の影響も大きい。

 政治はもはや、経済と峻別された領域ではなくなり、しかも、単純な立法権中心主義によって理解できるものでもなく、さらに主権概念との関係で整理できるものでもなくなった。

 現代の政治学は、このように多様化し複雑化する状況を踏まえつつ、それにもかかわらず、人間集団が自らに関わる意思決定を人為的に行いうるという側面に注目し、意思決定の背後にある対立構造や、決定をもたらす権力などの分析を通じて、社会的な秩序を解明する総合的な学問である

政治学に固有の視点

 社会科学の一分野としての政治学は、他の分野に比して、内部に、対立する諸契機の緊張関係や、多様な視角の相克を抱え込んでいる特徴をもつ

 それは、ある単一の視角によって、あるいは指標によって、対象とする現象をとらえることはできないと見なす。むしろ、多極間の位置付けを計測することを通じて、現象に多角的に迫るのが政治学的な方法の特徴である。以下にいくつかの論点に即して示したい。

 政治は人間的主体相互の関係であるが、人間的主体とは何かについて、さまざまな見方の相違がある。主権国家を前提とする近代、取り分け国民国家を自明視する19世紀以降は、同質性をもつ国民という主体が重視されてきた。閉じた集団としての国民は、徴税による福祉国家の実現などにとって依然として大きな意味をもつ。しかし、その一方で、国境線にとらわれない人間のあり方としての市民という概念も重要な意味をもっている。既存の政治的秩序を根底から問い直すものとして、市民は存在する。

 政治は、人間の多様性を前提とする。さまざまな価値観やアイデンティティ、異なる利害関心をもつ人びとは、ただちに一つの結論で一致することはできない。ここから、政治における対立の契機が生じ、それは政治現象の重要な契機となる。

 しかしながら、共存のためには、こうした多様性を踏まえた上で、人びとの間に和解の契機を探り、統合を実現して行かなければならない。移民などのマイノリティへの差別の克服や、文化の多様性を踏まえた多文化共生の模索は、重要な課題である。このような遠心性と求心性との間に政治は存在する。

 そして人間の多様性をどの局面に見出すかという点についても、政治学は多様である。すなわち、多様な視角から多様性を観察する。たとえば経済学が主として利害に照らして人間の行動を説明するのに対して、政治学は、利害の観点を排除しないが、同時に人間行動を利害のみによって説明することはできないと考える。そこでは、少なくとも短期的な利害には還元できないような人間の倫理的ないし理念的な側面もまた考慮される

 政治においては、個人と全体との間の緊張関係がつきまとう。自由な個人が合意によって全体的な秩序を構成するという社会契約論的な枠組みは現代の政治学においても基本的な前提をなしているが、そこにおいて、全体的な秩序はただちに個人の自由・権利を圧殺するものではないとしても、全体的な決定を個人に強制する側面をもつ。逆に、いっさいの強制の側面を排除すれば、政治に固有の意義の過半は失われる

 このことはまた、権利と義務との緊張関係として整理することもできよう。近代政治学では政治は人権の実現如何によって検証されるが、その一方で、政治的共同体の維持のためには、その構成員である国民ないし市民が一定の義務を果たすことが前提となる。こうした緊張は、政治思想としては自由主義と共和主義、ないし自由主義と民主主義との対立としてあらわれる。

 取り分け現代の政治学では、政治はしばしば民主政治と等置される。今日でも民主政治以外の政治体制は存在するが、長期的なトレンドとしては、民主化はほぼ不可逆的な現象であって、世襲的な王や貴族による政治などの非民主的な形態は今日では例外的でしかない。民意による政治は政治学の前提となる。

 しかし、その一方で、政治を民主政治と全く同じものと見なすことには問題がある。民主政治は人民主権的な求心的な政治観念であり、多様性よりは統合、分権よりは集権につながりうるからである。こうした傾向を中和するものとして自由主義ないし多元主義的なモメントが常に意識されるべきである。

(中略)

 また、政治学がもっぱら人間相互の関係をめぐって展開してきたことについても、反省を迫られつつある。さまざまな環境問題の噴出や、資源の有限性の指摘、さらにはチェルノブイリや福島の原発事故などを受けて、生活様式の持続可能性が問われている自然環境と人間生活との関係を政策的にどのようにとらえて行くか、あるいは、いわゆる「リスク社会」への対応などが、政治学の分析対象として浮上している。

 以上に見てきたように、普遍性を踏まえつつ個別性を論じ、多様性にもとづいて統合を実現するための知的な枠組みが政治学である。

政治学の役割

 政治学が社会において果たす役割とは何か。それは、近代における民主政治の発展を踏まえつつ、民主政治の実現が不十分な点の発見や、民主政治において生じうるさまざまな問題点を検証することで、よりよい政治を実現することに他ならない。

 それを言い換えれば、よりよいシティズンシップ(市民としてのあり方、すなわち市民として備えるべき徳目や、政治社会における市民の制度的な位置づけ)を成立させることである。

 この場合、シティズンシップとは、何らかの狭いアイデンティティを前提とするものではなく、多様性を前提としつつ、対話的に統合を模索する政治主体のあり方にかかわる。

 現代の政治学は、行政国家化現象を踏まえている。すなわち、近代社会契約論が前提としていたような、立法権力の優位が容易には実現しないことを見据える。確かに立法権力の優位は、日本国憲法においても、国会の最高機関性(憲法第41条)として規定されているが、現実には、現場の情報を独占する官僚機構が主導権を握りがちである。現代の政治学はこのような状況の中で、政治の可能性を見出そうとする試みである。政治学は、すべてが官僚機構の裁量に委ねられかねない方向性に抗して、独自の政策立案を進め、あるいは市民参加により民主的に統制することを目指す

 政治学が直面するもう一つの重要な現象は、経済のグローバル化である。今日では、人びとの生活を左右する重要な問題の多くが、市場経済によって規定されている。すなわち、株価や為替水準はもとより、雇用、賃金水準などもグローバル化した競争の中で決定されがちであり、それらを政治的に統制することは難しくなりつつある。にもかかわらず政治学は、経済との関係においても政治の可能性を追求するのである。すなわち、一定の限界の範囲内で、市場における経済活動を政治的に統制したり、行政の原資を調達したりするための税制などについて実践的な提案を行う

 なお、経済のグローバル化は、その一方で、各国におけるナショナリズムの勃興や移民などへの排外主義につながっている面がある。不安の中で閉鎖的なアイデンティティに自閉しがちな、こうした傾向について、政治学は歴史の流れを踏まえつつ働きかけ、より開かれた関係の樹立を試みる

 政治学はもちろん、独立した学問分野として理論的な精緻化に努めるが、それに加えて、このように、現実社会に絶えず学問的な成果を還元し続けるところにその真価がある。

政治学 を学ぶすべての学生が身に付けることを目指すべき基本的な素養

(1)意義

 政治現象を認識する学問である政治学を学ぶ意義の中心は、政治に関してより合理的に考察し判断できるようになることである。

 こうした思考力と判断力は、もちろん、政治に直接関わる営みを専門とする職業人、すなわち政治家や官僚には取り分け不可欠のものである。そうした政治のプロフェッショナルたちにとっては、基本的な思考力と判断力に加えて、政治に関する専門的な知識を蓄積していることは重要な条件であり、かつて官僚養成の場として制度設計された日本の大学法学部で、法学と共に政治学を教えていたことの意味も、そこにあった。

 さらに、複雑化して予測可能性が低くなった現代の社会状況においては、従来の「プロの政治家の勘」や「官僚組織に蓄積された知恵」だけでは、諸問題に対処することができない。学問的な知見からする政治教育を通じて、現在の状況をグローバルな広い視野から、また長期的な展望のうちに位置付けることが必須である。

 だが、政治のプロフェッショナルになるのは、政治学を学ぶ者のごく一部にすぎない。取り分け政治が民主政治として通常理解されている現代においては、政治学はむしろ、政治のアマチュアとしての市民が政治を観察し、それに積極的に関わってゆくための思考力と判断力を身に付けることを主眼として教育されなくてはいけない。

 そうした意味での、よりよい市民のあり方(シティズンシップ)の涵養が、大学での政治学教育の中心課題である。ここで市民性とは、広く言えば、社会の公共的課題に対して立場や背景の異なる他者と議論し、連帯しつつ取り組む姿勢と行動を指す

 ただしこの概念が、ある特定の出自や素質を備えた人間集団の既存のメンバーシップを固定させ、そうした基準から外れた人びとを「市民」のメンバー外として排除するために使われる危険性も有することには、注意しておかなくてはいけない。

 あくまでも、多様な人びとの共存を前提とし、新たな参入者に対して開かれた公共空間を支えようとする心構えとしての市民性である。

 こうした市民性の涵養は、政治学に限らず、学士課程教育の全体において念頭に置かれるべき目的であろう。しかし大学教育におけるさまざまな学問を、この目的を主眼にして評価するなら、政治学には取り分け重要な役割と責務があると言うことができるだろう。それは、この公共空間の全体について配慮し、それを維持し刷新する活動としての政治をじかに対象とする。したがって、市民の一人一人が究極的には権力を自ら動かす主体であるとされる民主政治の下では、政治に関する知識を十全に身に付けることが、よりよい市民として生きるための必要条件となるのである。

 教育課程に関して言えば、こうした広い意味での政治教育は、初等中等教育の社会科・公民科・地理歴史分野においてすでに積み上げられている。大学において学問としての政治学を学ぶ意義は、高等学校までの段階で、民主政治を支えるさまざまな制度について知識を得たあとに、それを一段と広い視野から見直すことにある。

 そして現代の政治制度はいかなる思想的・歴史的背景をもっているのか、現実に政治はどのように動いているのかについて、学問的な手法にもとづいて認識と考察を深めることを通じて、一人の市民として現実の政治について成熟した選択を行えるような、判断力を養成することができるだろう。

(2)獲得すべき知識

 政治学分野で獲得すべき基盤的知識としては、何よりもまず、今日の私たちの政治体制であるリベラル・デモクラシー(自由民主主義体制)の歴史的な起源と、そこで前提とされている価値についての知識が挙げられる。

 古代ギリシアにおける原型が、さまざまな歴史的な経緯の中でどのように継承され、また修正されてきたかについて、一定の知識をもつことが求められる。

 その際、権力抑制的な自由主義と、権力集中的な側面をもつ民主主義とが、ある程度の緊張関係をもつことを理解しなければならない。

 また、個人の自由を強調することと、社会の平等化を図ることとが、必ずしも常に一致するとは限らず、それらの両極の間で、さまざまな政策的な選択がありうると知ることも、基礎的知識である。

 具体的には、まず政治思想分野の学修を通じて、政治像が多様であることを認識することが望まれる。政治思想の学修は、歴史上のさまざまな時点において、当時の知識人がいかに政治的な課題を受け止め、それに対してどのような処方箋を示したかを学ぶことである。こうした学修を通じて、目の前の政治のあり方を絶対化することなく、さまざまな可能性にて根本から考える心構えを身に付けることができる。

 次に政治史分野の学修により、現実に存在したさまざまな政治のあり方について、具体的に知ることが可能になる。過去を知ることなしに現在を知ることはなく、未来を論じることもできない。政治史こそは政治的な知識の宝庫であり、それにふれることで学修者の政治のイメージは大きくふくらむはずである。

 比較政治分野もまた、政治の多様性に関わるものと言える。それぞれの政治社会は、その環境条件や歴史的な経緯の相違により、どのように異なる政治構造を成しているか。それらを比較検討し、仮説を提示・検証することで、政治現象に関わるさまざまなルールにふれることができる。

 政治過程論分野の学修は、政治の現在を知る上で不可欠である。目前の政治は自明であると思われがちであるが、実際にはそうではない。政治の実態についてはさまざまな固定観念や俗論がはびこっており、データを通じてそれらを一つ一つ検証し、実際に政治がどうなっているかを解明することは、その先を考える前提である。

 現代のような、行政国家化の時代においては、行政学の重要性もまた明らかである。行政の構造や機能を研究し、国家と自治体の関係、そして行政と社会の関係を論じ、さまざまな政策分野に関して分析する行政学・地方自治論は、身近な論点から現代政治の中心的な課題に迫ることを可能にする。

 政治学学修において、国際政治学の占める位置は、急速に高まっている。グローバル化する現在、主権的な国家内のものとしてのみ政治をとらえることには限界があり、国境を越えたさまざまな協力関係にふれたり、国際的な比較の視点をもつことが必須となるからである。国際政治については、経済力や暴力を資源とした国家間の闘争としてそれをとらえる見方や、規範や理念をもつ国際社会内の関係としてとらえる見方などがあるが、これらのさまざまな見方を学修することによって、国際関係をよりよく理解することができる。

(3)獲得すべき能力

 政治学を学ぶことを通じて獲得できる能力のうち、最も基礎的なものであり、最も広く共有されるべきものは、よりよい市民として政治に関わるための能力である。民主政治とはいかなる政治体制なのか、そのよって立つ原理を理解し、歴史上いかなる経緯によって確立したのかを知ることを通じて、市民が政治に関わる営みの意義を、その限界を含めて深く納得できるだろう。それは、市民として生きる力の修得ともいうべき過程である。

 また、国内政治と国際政治とが現実にどのように動いているのかについて、専門研究にもとづいた知識を得ることで、時々の思い込みや世の風潮に惑わされない、しっかりした判断を現実政治に対して下すことができるようになる。

 そしてまた、自らが地域や国家の政治に対して、市民参加の回路を通じて積極的に関わる際、個々の場面でいかに行動するかについても、成熟した判断力を発揮できるだろう。実際に権力を運用する政治のプロフェッショナルもまた、その現場を離れて一市民となっているときには、こうした市民としての判断力を用いながら政治に関わるのである。

 さらに政治学は、広い意味での権力を運用しながら、多様な個人や集団の共存と統合を目指す営みについて、知識を与えてくれる。このことは、市民が職業生活において、あるいはヴォランティア活動において、何らかの集団・組織に属し、その中で他者と関わりを もつ際 に重要な交渉力や決断力を強く支えることになる。自分とは意見の異なる他者をいかに説得して合意を調達するか。組織の中で権力を、いかなるタイミングといかなる範囲で行使するか。集団・組織のあり方を根本的に改める潮時をどう判定するか。そうした、日常生活における「小政治」と言うべき事柄は、かなりの程度、国家の政治や国際政治といった「大政治」で行われている営みと性質を共有している。したがって、「大政治」に関して体系的な知識を、政治学教育を通じて得ることは、そうした「小政治」に関わるための知的能力の涵養のためにも重要なのである。

 そして政治に直接関わる営みを専門とする職業人、すなわち政治家・官僚・NPO運営者といった政治のプロフェッショナルたちに対しても、政治学はその能力の育成に大きな役割を果たす。それは、政策を考える際に前提となる問題状況の把握に際して、現代政治に関する講義で聞いた情報が役に立つとか、政策の決定過程をあらかじめ学ぶことで、どういう手順で政策形成を進めればいいかわかるといった、政治学によって得られる情報それ自体の有用性にはとどまらない。学問としての政治学の諸分野を広く学ぶことを通じて、いま直面する課題がいかなる性質のものであるか、そしてその解決のためにはいかなる選択肢があるのかを、広い視野のうちで客観的に見直し、よりよい政策を考え出す能力を培えるだろう。このことは、長期にわたる展望の中で成熟した決断を下し、そのことに責任をとってゆく、政治のプロフェッショナルにとっての職業倫理の養成にもつながってゆく

 さらに、国内政治だけに限らず、グローバル化の時代において国際公務員や国際NPOの運営者として活躍するためにも、こうした能力は不可欠である。政治に直接関わるわけではない活動も含めて、広く人間活動に関して政治学が涵養できるジェネリック・スキルについては、まず人間関係や組織のあり方に関する論理的思考力を挙げることができるだろう。たとえば集団内のある決定について、それは誰がいかなる権限にもとづいて決めたものか、その決定権はいかなる正当化の根拠をもっているのか、どんな条件を満たせばその決定を覆すことができるのかといった事柄については、まさしく統合作用や権力に関わる政治学を学ぶことを通じて、初めて筋道だった形で考えることができるはずである。

 また、社会生活を営むための現実の認識に関しても、政治学の知識は周到な分析力を培う基礎となる。たとえば、感情的な思い込みによって左右されずに統計情報を読み解くリテラシーや、メディアの報道を鵜呑みにせず、自ら検証を試みるメディア・リテラシーを身に付けるなど、いま目の前にある現実を極力客観的に見つめ、問題点を見出すための手法を、政治学はさまざまに提供する。さらに実際に集団や組織を運営するにあたっても、チームワークをいかに維持するか、リーダーシップをいかに振るうかといった事柄について、政治学の知見が大いに役立つだろう。

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