誰のための議会なのか(鹿角市議会の一般質問持ち時間ルールに関して)

今朝(H30.3.15)の秋田魁新報に、鹿角市議会が一般質問の持ち時間を短くするルール変更を決定したとの記事が掲載されていた。

会派に所属する議員と会派に所属しない議員とで、持ち時間に差をつける傾斜配分はそのまま継続される。

気になったのは、最大会派の会長の発言。

「一般質問の時間配分は議会の自主的な決定に任せられている。外部から指摘を受けるべきものではない。」

議会の運営ルールは、各議会が定めるもので、この発言の前半部分はそのとおり。

しかし、議会の運営ルール、特に、一般質問や質疑など議会の根幹に関わる運営ルールは、各地方公共団体の自治のあり方はどうあるべきか、そのために議会をどのように運営していくのか、という観点で考えるべきである。

議員(議会内部)の考え方だけでルールを定めるのではなく、市民の声に耳を傾け、報道機関等の批判にもしっかりと応えられる考えを示す必要である。

「外部から指摘を受けるべきものではない」という発言の裏には、住民の代表たる議員が議会に所属しているというよりも、議員が議会を所有しているかのような意識が隠れているのではないかと危惧する。

会派所属か無所属かで持ち時間に差があることについて、有権者にしてみれば、選挙の際に会派を基準に候補者を選んでいるわけではなく、なぜ、会派に所属しているか否かで持ち時間が異なるのか、疑問を感じるのは自然だと思う。

そこにどう答えるのか。

別の会派の会長は、「会派中心の時間配分は長年やってきたこと。一気に変える必要はない。」

長年続けられてきたことには相応の理由があり、なんでも闇雲に変えれば改革になるわけではない。

しかし、長年やってきたというだけでは、ルールを変えない理由にはならない。

選挙のときには、大多数の候補者が、市民の声を市政に届けると訴える。そのためには、一般質問を最大限に活用することが議員に課せられた使命である。

個々の議員が住民の多様な声をしっかりと届けるためには、一般質問の機会と持ち時間をできるだけ多く、各議員に平等に確保すべきではないか、との意見は全く正論である。

誰のための議会なのか、と常に自分に問いかけていきたい。

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