良心と組織の論理の狭間で・・・

森友文書書き換えについて、今朝(H30.3.11)の秋田魁新報に、前川前事務次官のコメントが掲載されていました。

「何らかの政治的な力が働ているからだ。どういう力が働いたのかに問題の本質がある。」

佐川国税庁長官の辞任に関しては、「同じ役人だった者としては気の毒。どうせ辞めるなら自由に発言したらいいのに」

森友学園の国有地売却を担当した近畿財務局職員の自殺について、「本当に気の毒。自分の良心と組織の論理との間に挟まってしまったのではないか。組織防衛のために犠牲になるのはあってはならない」

自殺の理由は今のところ分かりませんが、仕事上過度なストレスがかかっていたのだとしたら・・・。ご家族や友人・知人のことを考えると本当に痛ましい・・・。

どんな組織に所属していても、自分の考えと組織の論理がかみ合わないことはあるだろうと思います。そのギャップに苦しむことも。

私がかつて役所勤めしていた頃は、公務員は簡単にはクビにできないのをいいことに、上司に好き勝手言っていました(クビになったら、子どもの頃に憧れたトラックやバスの運転手になろうと大型免許やけん引免許をとりました)。しかし、最終的に組織として決定したことには従っていました。

それがどうしても自分の良心に反するものだったとしたら・・・。ぞっとします。

犠牲者まで出してしまったこの問題。真実はどうなのか。明らかにする必要があると思いますが、それでも亡くなった人は戻ってきません。残された家族の心の傷は、生涯癒えることはないでしょう。

人が組織の犠牲になるのは、あってはならない。

どこかに逃げ道はなかったのだろうか・・・。

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